錫光(埼玉・川口)が作りだす温もり溢れる錫の酒器 2014.4.1.

酒器が左右する飲み手の気持ち

酒を飲む酒器と言えば陶磁器、硝子といったところが定番か。また、日本酒ならば桧や杉の枡で飲むのも実に絵になる。これらそれぞれに長い歴史が時代時代の酒と文化とともに育まれ、今の飲酒シーンを彩ってくれている。それらの酒器が持つ印象と言えば、たとえば陶磁器であれば産地や技法により様々な風合いを醸し出し、重さだったり大きさだったり、あるいは口に当たる部分の薄さだったり選ぶ酒器によって何か飲み手のこだわりを感じるものである。いっぽう、硝子の酒器は、涼しげ、爽やか、透明感というような全体的に冷涼な印象をもち、夏にゆかたを着た女性が手に持ったりすると、それはそれは「粋」なんて言葉がしっくりくる。木の枡はどうかと言えば、あの飲みにくさを超越するような日本酒の伝統がひしひしと伝わってくる。要は酒を飲む器によって、飲み手の気持ちはもちろんのこと、それをうかがう回りの印象も随分と変わるということをあらためて感じる。


難しい錫での酒器作り

ここまでに登場していない酒器をつくる技術に「鋳物」がある。鋳物というからには素材は金属。その歴史は古く、B.C.4000年頃、あのメソポタミアで始まったといわれ人間のモノ作りでもっとも古く、まさに人類の歴史とともに歩んできた技術であると言える。日本に鋳物の技術が伝わったのは紀元前数百年前と考えられ歴史的資料として目にする銅鐸、銅鏡、仏像など、現代では、自動車の部品などもこの鋳物技術でつくられているのであるから、まさに日本の歴史と文化、経済発展を支えてきた技術であることは言うに及ばずといったところである。

さて、この鋳物の技術を用いてつくる酒器と言えば錫製である。錫は、抗菌作用が強く、金属アレルギーを引き起こすことも少ないことから古くから茶器や酒器などの材料として使われてきたとのことである。しかし、錫は非常に柔らかい金属であることからすぐに歪みなどを生じ、どちらかというと敬遠されてきた素材だと言われている。要するに錫で酒器をつくるのは難しいのである。


川口市(埼玉)「錫光」~故・中村光山の精神、技術を受け継ぐ中村圭一の作品

錫を材料とする酒器作りは難しく、相当の技術を要するうえ、原則、ひとつひとつが手作りのため、現代ではこれを手掛ける職人も必然的に少ない。そのひとつにキューポラの町・川口市(埼玉)に工房を構える「錫光」がある。錫光・中村圭一氏が手掛ける錫の酒器は、錫の燻銀の色合いとは裏腹に、穏やかな温もりを感じる逸品である。


錫光は中村圭一氏の先代である故・中村光山氏 が独立し設立した工房である。1936年生まれの先代は中学を卒業するとすぐに父親を早くに亡くし家計を助けるため近所の錫工房で働き始めたが、少しでも稼ぎを増やすために仕事を終えた後にも嘆願して仕事を持ち帰り夜遅くまで製作に没頭していたと言う。こうして2年目には、元来手先が器用だったこともあり、熟練の技術の必要な茶入れを製作するほどになり、以来、師匠の右腕として信頼を一身に受け、その技術を受け継ぎ、師匠とその工房を支えたとう。

その後、諸事情から51歳の時、遅い独立を果たし、長年、錫の何とも言えない魅力的な光に魅了されたことから、錫の光(すずのひかり)=錫光(すずこう)と屋号を定めたとのことだが、「錫をより多くの人たちに使っていただきたい」、「伝統的な手作りの良さを後世にも残したい」との思いを抱いての独立だったそうである。こうした地道な努力が実を結び、光山が丁度50年のキャリアを迎えた、錫光として独立し15年目の2001年に、卓越した技能者に贈られる「現代の名工」、2003年には長い間仕事に励んで功績のあった人に与えられる「黄綬褒章」を受章している。

光山は2005年5月に永眠するが、その生真面目さ、より多くの方に錫の良さを知っていただきたい、手作りの良さを受け継いでいきたいとの思いは、今もしっかりと継承されており、何よりも「現代の名工」の手技を、間近に見、音を聞き、背中を見、出来上がった具合を手に取り、感じたという中村圭一氏の体験が、何がどの程度までできていればよいのかという確固たる基準となって工房内に息づいており、製作に取り組む中村圭一氏の肩越しに今でも先代である光山の厳しい眼差しが目に浮かぶ、そんな工房である。

錫光・中村圭一氏は「伝統的な製法で、錫の良さを活かした製品作りを心がけています」と言う。これには、製法もさることながら、伝統的な意匠も大事に守りたい、意匠そのものにも長年風雨にさらされ練りに練られた良さがあるという意味がある。一方で、錫光では現代に適したもの作りを意識し異業種の職人とのコラボレーションやプロダクトデザイナーとの交流に取り組む。これについて、中村圭一は、「今の洋風化した生活様式の中にも溶け込めるようなモノを作り、使って頂くようにすることが肝要」と言い、紛れもなく伝統的な製法、技術をもって、未来に向け積極的に挑戦する工房である。


錫光の酒器はこうして作られる

鋳物による酒器作りは一般の方はなかなか垣間見ることが出来ない。製品自体が均一的なため、一見、大量生産製品のような印象を受けがちだが、実の多くの工程を経て、その全てが職人の手によって、ひとつひとつ作られるものである。錫光での製作現場で行なわれている実際の制作作業を工程を追って説明する。

(錫器の製造工程)

錫光では、錫地金そのものを仕入れるところから完成品まで一貫して工房内で手作りで製造している。新しいものを作るには、まず鋳型づくりから始まるが、その工程は、1. 鋳込み、2. ロクロ挽き、3. 装飾(絵付け漆塗り、ツチメ打ち)と大きく3つに分かれる。

1. 鋳込み


鉄製の鍋に溶けている錫は、約230度。鋳型は乾ききる前のセメントをロクロで削って作る。
何度か溶けた錫を流し込んで鋳型を温める。湯(溶けた錫)の温度も熱すぎないように、冷めすぎないようにガスの火をこまめに調整。
錫の固まるのは早い。肉厚のないものは、中子を上げるタイミングが遅くなると収縮して中子を締め付け取れなくなる。かといって、上げるのが早すぎると固まりきらない錫がだれてしまい形を成さない。

モノにより上げるタイミングは様々であり、湯の温度調整とともに経験に基づく感覚で適度な状態を察知する。

中子を上げ、出来上がったものを取り出す前に、刷毛に水を含ませ冷やす。湯の温度が適した錫は、きれいな鋳肌をしていて組織が整っていることが伺える。

湯の温度が高いと表面に結晶が出て割れやすい。

2.ロクロ挽き

鋳込みで取り出したものを、ロクロの先端に取り付ける。適度に叩き込みながら、回転させてもブレのないように、芯を出すように微調整する。
ウマと呼ばれる横木の上に、カンナ(手バイト)を乗せ、時計回転させて表面を削っていく。白い鋳肌が、みるみる錫色に削られていく。
歪みや鋳肌が取れてくると、徐々にカンナ屑が、薄く長くリンゴの皮をむくように削れていく。この時点では粗挽きで、表面をなぞってみると若干のざらざら感がある。
キサゲと呼ばれる仕上げ挽きに使う刃物で、時計と逆回転させてツヤよく仕上げる。仕上げ挽きに使うものはこれに限らず、約6000番くらいの砥石で研いでいる。

もはやざらざら感はなく、ツルツルに仕上がっている。

従って汚れが付着しにくく、手仕上げをよしとする所以である。

3.装飾

松ヤニが主成分の特殊なニスで模様を手描きで入れる。
後に薄い酸に浸して腐食させるが、松ヤニの部分は酸に強く描いた部分は溶けずに光って残る(エッチングのためのマスキング)。
毛先の細い面相筆で勢いよく描く。
エッチングを施したのち、漆刷毛で顔料を良く練り込んだ漆をまんべんなく塗り込み、ウェスで余分な漆を拭き取っていく(拭き漆という技法)。この時、漆を取り過ぎないよう、ムラにならないように細心の注意を払うことが肝要。
工房内床下にあるムロという、水分を含ませたフタ付の大きい箱の中に一晩保管する。漆は、水分に反応して硬化するためである。湿度が低かったり、温度なども低すぎると漆は乾きにくい。また手油などが万一付着すると乾きそこなう。原因が不明の場合もある。

時に乾き損ねたり、乾くのに時間を要する漆は厄介だが、一度乾くと化学塗料よりも持ちが良く、使い込むことでつやが出てくるという利点がある。

ムロから出して磨く。そして、また漆を重ね塗りして同じ作業を繰り返していくことで色艶を良く仕上がる。漆の定着具合を見て2回から3回繰り返す。
ツチメ打ちは、絵付け漆塗りとは全く異なる装飾のひとつの方法です。
打面をピカピカに光らせた金槌や、あえてデコボコを施した鎚を組み合わせて模様をつけていく。
模様を入れる製品のカタチそれぞれに合わせた中に入れるものをあてがい、鎚の模様をつけていく。
鎚を持ち替えて、違う模様を打っていく。

[取材協力]錫光  http://www.takumi-suzukou.com/
[参考資料]一般社団法人日本鋳造協会  http://www.foundry.jp/
[文 章]大森清隆 日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会 常務理事

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