青森県を代表する漆器 2014.7.24

「伝統工芸品」と聞いて思い浮かぶものと尋ねられ、「器」を想像する人も少なくないだろう。しかしこの「器」というものに込められる意味合いは、ただ単に何かを入れるものだけでは留まらない。昔から受け継がれてきた工芸品として、また、器に触れてきた人たちとの意識が相互に重なりあい、現代も器が愛されつづけているのだ。

青森県弘前市に伝統工芸品である「津軽塗」を取り扱う店がある。

名前は「与志む良」。
江戸時代から続く伝統あるこの店には、数多くの工芸品が並ぶ。
1つ1つ丁寧に作り上げられた工芸品の美しさについ心が奪われてしまう。これらは全て、与志む良 代表 吉村務氏 が選び抜いたものだ。

特にその中でも異彩を放つ一角が存在する。
「漆黒の盆」だ。漆で加工された盆の表面は何かに歪められたかの如く、うねり模様が全面にほどこされている。まっさらな平面でありながら立体的な模様は、今でもなお蠢くかのような錯覚に陥る。
この技術を津軽漆器の中では「紋紗塗」の部類に入り、本来の紋紗塗とは大きく異なるのだ。


紋紗塗

紋紗とは、黒漆の模様(多くは線描を主にした総模様)に紗(津軽地方ではもみ殻のことを紗と呼ぶ)の炭粉を蒔き、 研ぎ出して磨き仕上げされたものを呼ぶ。今日まで明治維新以後の作例は少なく、現在では一般製品としてはあまり見かけられない。 紋紗塗という名称の意義や発祥の経緯も適確に掴むことは出来なかったのだが、紋紗塗の一つの原則として、 炭粉と黒漆を主体にした一種の変わり塗りで、固定された技法ではなく、もっと変化自在の多様性を持っていたとされる。 また、紋紗塗は研ぎ出し技法の中で最も独特なもので、津軽塗ならではの塗が特徴だ。
だが、この一角に並ぶ紋紗塗の漆器のほとんどは、綺麗に整えた表面を何者かに無理やり歪められたような模様がほどこされている。

与志む良 代表 吉村務氏は言う。
この商品は、日本工芸会正会員弘前市在住の漆工芸家「松山継道(まつやま つぐみち)」が手掛けたものである。
松山継道は、’91年日本伝統工芸店(日本橋三越)初入選後現在まで連続入選するほどの職人であり、津軽塗の伝統を守りつつ、より高度な技術を駆使し、あらゆる漆器を作り上げている。これら作品は日本全国でここ「与志む良」でしか取り扱っていないのだ。彼自身はお客が使って楽しい作品を紹介しているようだが、それだけでは決して留まらない、特別な作品ばかりである。

説明の通り、彼の造る漆器からは伝統に基づいた作りに合わせ、彼独自の考えや手法から新たな漆器の可能性を見出すことができる。このひねり模様の紋紗漆器も今では彼ならではの手法と言えるだろう。

他にも、代表的なものとして、漆が施されているワイングラスが挙げられる。誰もが本来ならば共存することすら想像もしなかった「漆とガラス」。しかし、不思議と彼は2つを融合させ形にしていくのだ。
さらに、彼が得意とするのはひねり模様の紋紗だけではない。


螺鈿細工

「螺鈿」というものを皆さんはご存じだろうか。

あらかじめ貝殻をつなぎ合わせ仕込みをしておき、研きの作業を行うことによって、下に隠れていた七色に輝く貝殻が現れる。
本来ならば漆器というものは落ち着きがあり、黒を基調としたものが多い。その中に一閃施された螺鈿の存在感は宝石に価する。この作品を手に取った誰もがはじめは「貝殻」とは想像もつかなかったであろう。


松山継道の世界

「実際に松山氏にお会いすることができた。
職人は決まって無口で気難しい。そんなイメージとは裏腹に、とても気さくで、屈託のない笑顔で出迎えてくださった。
前回紹介した錫工芸師の中村圭一氏もそうであったように、我々が思い描く「職人」のイメージを改める必要があるかもしれない。
案内された工房は、備品や作業道具でいっぱいになった大きな棚で囲まれ、隅に作業版があるだけの小さな部屋である。

あの素晴らしい作品の数々を全てこの場所で最初から最後までを作り上げているというから驚きだ。
漆器制作について松山氏はこう語る。
「作品を一つ作ることに対しての工程の数は、皆様が想像している以上にあります。しかし、一番の肝になるのが最初の工程です。この時点で我々はある程度完成された姿を想像しています。皆さんから観たら同じことを何度も繰り返しているかのように見えるかもしれませんが、我々にとっては一つの工程ごとに、想像していたものに近づいているという認識があるのです。ただ、最初の工程を疎かにした場合の結果が、面白いことに最後の工程で判明するようにできています。今まで苦労して作り上げてきたものが全て無駄になるのです。だから最初の工程を慎重すぎるほど慎重に行うのです。最初が肝心とは良く言ったものです。」
実際に最初の工程を「中塗」行いながら語る松山氏は、声だけを聴けば笑っているかのようだが、その眼差しは真剣と言うよりも、職人としてのプライドであろう、「厳しさ」を感じた。

「自分が使いたいものを作ります。この漆塗りのグラスもそう、自分がビールを飲むのにちょうどいいグラスを作っただけ。壊れたり、割れたりしたらまた作ればいいだけです。」
と聞き、不思議とつい時間を忘れてしまうほど「松山継道の世界」の虜になっていた。
最後に「器に込められる意味合いは、ただ単に何かを入れるものだけでは留まらない。」と
松山氏は屈託のない表情で笑った。
きっと今を生きる人々は「器」に対して期待以上の喜びを感じているに違いない。


[取材協力]与志む良   http://www.wa-zakka.jp/
[文章]塚田拓也 日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会